2025.12.26
初春の歌舞伎座へ、着物で。中村米吉さんと迎える「着物の日」
目次
きもの都粋×歌舞伎座「着物の日」 インタビュー
インタビュワー 君野倫子
新春の歌舞伎座を、着物姿で訪れてみませんか。
2026年1月24日の歌舞伎座「着物の日」を前に、近年、雪姫、八重垣姫、時姫という女方の大役である三姫を制覇され、新作から古典まで若手女方として目覚ましいご活躍の中村米吉さんにお話を伺いました。
1月の歌舞伎座は、一年で最も晴れやかな空気が流れる特別な月です。舞台に立つ役者さんは、どんな思いで新春の舞台に立ち、「着物の日」を迎えるのでしょうか。今月ご出演の演目の見どころから、そして着物が日常でもある米吉さんにとっての着物とはどんな存在か、たっぷりとお聞きしました。伝統の美が息づく歌舞伎座で過ごす、特別な一日「着物の日」。ぜひ、ご一緒しましょう。
お正月ならではの空気を味わってほしい、一月の歌舞伎座
君野倫子(以下、君野) 来年2026年1月24日が「着物の日」ですが、まずはお正月のご出演についてお伺いします。昨年までは1月は浅草歌舞伎にご出演が多かったですかね。
中村米吉(以下、米吉) そうですね。昨年までの10年ほどは浅草にいることが多かったです。時たま歌舞伎座や新橋演舞場という年もありましたね。
君野 1月の歌舞伎座にお出になるというのは、やはり特別なお気持ちになりますか。
米吉 そうですね。
お正月に限らず、歌舞伎座という劇場自体が、いつ出てもやはり特別な場所です。
そもそもとても大きな劇場ですから、南座や大阪松竹座など各地の劇場に出させていただいて、しばらく歌舞伎座から離れていてから戻ってくると、「ああ、やっぱり大きいなぁ」としみじみ思うことがあります。それだけでなく、すごく特別というか、やっぱり何かがいるというか、歌舞伎座ならではの暖かくも恐ろしい独特の空気で満たされていますね。
さらにお正月興行となると、お客様もどこかウキウキしていて、晴ればれとされていて、場内にも華やいだ空気がありますよね。昔は、桟敷席などに季節ごとのお飾りがありました。残念ながらいまはお正月だけになってしまいました。でも、まだそれは残ってるところを見ても「お正月の歌舞伎座」は、特別な雰囲気をまとった場所だと思います。
君野 他の月と比べて、1月公演ならではの違いや魅力は、どのあたりに感じられますか。
米吉 お正月は「歌舞伎を観に行こう」と思ってくださるお客様が、いつも以上に多い印象があります。演目も賑やかで華やかで、いかにも「年の初め」にふさわしいものが多い。
お節を食べる方が少なくなってきたとか、日本のお正月らしさが薄れてきたと言われますけれど、その分、歌舞伎の中に「日本らしさ」「日本の美しさ」を見出していただけたら嬉しいですね。
鏡開きや初午など、近頃家庭では余り行わなくなった行事でも、ここでは受け継がれていたりしますし、かつてはそうした行事を舞台で見せる作品も多く上演されていました。
そういう意味で、歌舞伎にはまだまだ「ザ・日本のお正月」が生きていると思います。
年始めに縁起のいい演目と見どころ
君野 1月のご出演の演目について、お聞かせください。昼の部では『當午歳歌舞伎賑(あたるうまどしかぶきのにぎわい)』の「木挽の闇爭(だんまり)」では、片貝姫役をお勤めになると伺いました。
米吉 はい。いわゆる「曽我物」と呼ばれるお芝居ですね。片貝姫については、あまり馴染みのないお役ではありますが、「曽我物」は、歌舞伎の中でも非常に縁起のいい題材で、お正月の初春興行や顔見世などで上演されることが多い作品群です。
* 曽我物 = 鎌倉時代に起きた「曽我兄弟の仇討ち」の物語を題材にした演目の総称
この世の演劇の中で、登場人物たちが闇の中を探り歩いていくだけの場面を、一本の芝居として成立させてしまうのは、きっと歌舞伎くらいですよ(笑)。
* だんまり = 暗闇の中で繰り広げられる無言劇の演出
富士山が出てきたり、縁起のいいものが散りばめられている「対面」などがお馴染みですが、「曽我物」にはお正月らしい華やかな要素がたくさん詰まっています。
お正月に最初にご覧いただく演目として、とてもふさわしい作品だと思います。
* 対面 = 歌舞伎の演目「寿曽我対面(ことぶき そがのたいめん)」の通称
君野 もう一つ、夜の部、ご出演の演目『女殺油地獄』が、まさか1月にかかると聞いて、私はとても驚きました。でも、大好きな演目なので、私はちょっと嬉しくなりました。米吉さんは最初、聞かれて、どう思われましたか?
米吉 私も本当に驚きました(笑)。
お正月にこの演目が出ることについての賛否は、もうお客様にお任せしますが、よく殺される夢を見ると縁起がいいって言うじゃないですか。こじつけるなら、逆夢だと思って皆さんに見ていただければ、と思うんです。ある種の厄落とし的なことで(笑)。
君野 なるほど!それはもう縁起がいいお芝居って事になりますね。
豊嶋屋お吉は初役ですよね。なかなかの難しいお役ですが、こちらについても、少しお聞かせください。
米吉 『女殺油地獄』は、近松門左衛門の非常に過激な作品ですよね。
「親子の情愛の中に生まれる悲劇」といった読み解き方ももちろんできますし、現代にも置き換えやすいドラマではありますが、一方で近松が「ただ過激なものを書きたかっただけなのではないか」という解釈もできなくはないです。
君野 おぉ、そういう解釈もあるんですね!
米吉 与兵衛がなぜお吉を殺すのか。
お金が欲しかっただけなのは確かです。ただ、一度頼みを断られた男のプライドが傷ついたことで過激な選択を選んだのか。
あるいは、どこかでお吉に特別な感情を抱いていたのか。
いろいろな解釈ができる役ですから、演じる側としてもいろいろ考えさせられるのではないでしょうか。
また、お吉と与兵衛の間に、露骨ではないけれど、どこか男女の感情のようなニュアンスがかすったのか。
こちらとしてはそう言うものをあからさまに意識して勤めることはいたしませんが、お客様の中にそう言う空気を感じ取る方がいてもいいと思います。
君野 演じる側にとっても非常に繊細な場面ですよね。
米吉 そうですね。油まみれの中での殺人という、グロテスクで挑戦的な場面に、どう美しさや色気を見出すか――あくまで「美しい画」として見せなければいけない。
そこが、歌舞伎で上演する意味にもつながってくると思っています。
男は男で、破滅へ向かう色気のようなものを出さねばなりませんし、女は女で、痛みや苦しさを抱えながらも、それをストレートには出さずに、別のところに置いて美しく散るように演じる。
殺しの瞬間の「美学」をどう見せるか、その一点にギュッと集約されてくるような場面だと思います。
君野 あの殺しの場面は、本当に美しいと思うのですが、与兵衛とお吉が、ある種、本当に息を合わせて踊っているようにも見えます。歌舞伎のお稽古は全員が集まってお稽古できるのは初日前の数日間と言われますが、こうした難しいお役もやはり合わせるのは数日間なのでしょうか?
米吉 そうですね。特に今回ダブルキャストなので、舞台稽古は2回できたらいい方じゃないでしょうか。
君野 それまでは稽古場で各自お稽古ということですか?
米吉 そうですね。でも稽古場に油撒いたら怒られちゃう(笑)。
君野 掃除が・・(笑) 本当に楽しみです。
女方ならではのこしらえと工夫
君野 さて、ここからは、「着物」と「歌舞伎」についてお伺いします。女方として、顔の形や体型、衣裳とのバランスなど、どのような工夫をされていますか。
米吉 やっていくうちに、自分の体型や顔立ちの特徴はだんだん分かってきますが、最初から「こうすればいい」と分かっていれば悩まないわけで、やはり舞台に立ちながら少しずつ気づいていく部分が多いですね。
帯の収まりが悪い時は、腰のあたりにクッションのようなものを入れて安定させたり、生地が厚い着物のときは二つ入れたり。 振帯などの大きな帯の場合は、帯を差し込む部分と身体との関係をよく考えないと、後ろ姿が美しく見えません。
特に女方の場合、後ろ姿のラインがとても重要です。
どこをどう補整すると、腰まわりがいちばんきれいに見えるか――そこはいつも意識しています。
逆に、痩せていると、豪華な衣裳に身体が負けてしまうこともありますから、胸元などはあえて足すこともあります。
君野 お姫様役など、特に華やかな衣裳をお召しになるときは、気持ちも変わりますか。
米吉 特別、お姫様が好き、ということではないんですが、赤姫の衣裳は煌びやかでありながら、どこか品がある――よく考え抜かれた衣裳だと思います。
昔、猿翁のおじさんがある芝居小屋で、照明なしの江戸時代の灯り、ろうそくでやってみた時、お姫様の赤に金糸の刺繍が浮び上がって、それは美しかったそうです。やっぱり非常に映えるそうなんです。先人たちの発想や工夫には、本当に感心させられます。
私たちは衣裳に助けられている部分が、とても大きいですね。
歌舞伎役者にとっての「着物」
君野 普段からお着物をお召しになりますか。
米吉 実は、プライベートでは、ほとんど着ません。
こういう取材も仕事一つだし、もはや自分の結婚式のときくらいでしょうか。あれも仕事みたいなものですが(笑)。
とはいえ、お稽古の時にはお稽古着に着替えますし、袷、単衣、絽と季節ごとのものが必要ですし・・皆さんより着物を着る機会というのは、圧倒的に多いわけです。私たちにとって着物はどうしても「仕事と直結するもの」なので、なかなか純粋な趣味にはなりにくいですね。私たちにとっては、着物は仕事へのスイッチであり、戦闘服ですから。
君野 仕事がほぼ着物であれば、なるほど、そういう感覚になりますね。
奥様も普段、お着物はお召しになりませんか?京都の方で、もちろん、お着物は着慣れてらっしゃいますし、とてもチャーミングな方で・・
米吉 やはり、妻も同じ、仕事と直結するという感覚なので、着物が特別なものではないんですね。
“米吉の妻”として出かける時以外の普段は着て出かけたりすることはあまりないんじゃないでしょうか。その機会がそもそもとても多いのですが。
その中で昔からお客様より派手なものはあまり良くない、などのマナーのようなものもあり、この着物は歌舞伎座のご挨拶には派手じゃないかとか、訪問着より付け下げぐらいがちょうどいいかしら、とか。小紋でも付け下げのように見えれば良いかも、などと、色々考えながら、元々彼女の持ち物に加えて、周りの先輩方とのバランスなんかも含めて、何枚か結婚してから誂えました。
私も表のことはよく分かりませんけど、そういった事をいろいろ学んでいるところかと思います。なので最近は呉服屋さんに行っても妻のことで行くことの方が増えてきています。
君野 なるほど。何か、絶妙な心くばりのようなものが存在するんですね。とても興味深いです。
歌舞伎座にはドレスコードがありませんが、「せっかくなら着物で行きたい」と考えるお客様も多いと思います。一方で「何を着たらいいか分からない」という声もよく聞きます。役者さんとしては、お客様には、どんなお召し物で来て欲しいというのはありますか?
米吉 確かに明確なドレスコードはないですよね。
なので、ラフな観劇の日もあれば、オシャレしての観劇の日があってもいいと思います。
でも、着慣れていない着物で観劇は大変かと思うんです。
スカートなら少し足を崩してもいいですが、着物はそうはいきませんし、帯をつぶしたくないから椅子にもたれにくい、など、普段着物を着慣れていないと座っているのもつらいってこともあります。
君野 歌舞伎は1日長いですからね。
米吉 でも、綺麗に着物を着ている人というのは、特別な技術や才能があるわけではなくて、ただ「着慣れている」だけなのかなとも思うんです。
どこをどのくらい締めたらきれいに収まるか、帯の高さはどれくらいが自分に合うのか――それは知識というより「慣れ」ですね。
私たちでも、舞台の写真や映像を見て、裾が長かったら、ちょっとこっちをあげれば短くなるとか、この役はこっちにモノを持つんだから、こっちがぐずるかもしれないから、こっちひと針止めちゃおうよとかっていうのは、知識とか技術じゃなくて慣れ、経験なんですよね。だから、「あ、帯が低かったな」「お端折り(はしょり)が長すぎたな」と自分で気づけるようになってくると、自然と上達していきます。
なので、無理にお着物でいらしてください!とは言いません。ただ、歌舞伎に着物で行くことが「慣れる」ための経験を積むきっかけにしていただけたらいいなと思います。
歌舞伎座の「着物の日」への想い
君野 1月24日の「着物の日」という試みについて、どのように感じておられますか。
米吉 とても良い試みだと思います。
お客様が着物を着る「きっかけ」になりますし、着物でいらっしゃるお客様が多いと、それだけで客席が華やかになります。
お茶やお花、お稽古ごとをされていない方は、なかなか着物を着る機会がないですよね。
「歌舞伎座に行くときは着物を着る」と決めてしまえば、毎月昼夜観ればそれだけで2回、他の劇場を加えれば、さらに回数も増えます。
「着物の日」だけ特別に頑張って着るのではなく、定期的に着ていただくことで、だんだんと慣れていっていただければいいなと思います。
もちろん、無理にとは言いません。 歌舞伎は本来、庶民の娯楽ですから、気軽に楽しんでいただくのが一番です。
ただ、「せっかくだから着物で行ってみようかな」と思う方にとって、「着物の日」はとても良い後押しになるはずです。
君野 最後に、「着物の日」に歌舞伎座へいらっしゃるお客様へ、ぜひメッセージをお願いします。
米吉 タンスの中で眠っている着物、譲り受けたけれどなかなか出番のない着物――
そういう一枚がもしお手元にあれば、ぜひ「着物の日」をきっかけに袖を通していただきたいですね。
1月の歌舞伎座は、役者にとっても「新年最初の舞台」で、いつも以上に気持ちを込めて臨んでいます。客席に着物姿のお客様がたくさんいらっしゃると、「ああ、お正月だな」とこちらの気分も一層高まります。役者のモチベーションがさらに上がりますので(笑)、ぜひ皆さま、無理のない範囲でお着物を楽しんでいただけたら嬉しいです。
君野 本日は、ありがとうございました。
中村米吉プロフィール
1993年3月8日生まれ。中村歌六の長男。
2000年7月歌舞伎座『宇和島騒動』の武右衛門倅(せがれ)武之助で五代目中村米吉を襲名し初舞台。15年1月浅草公会堂『一條大蔵譚(いちじょうおおくらものがたり)』奥殿の常盤御前ほかで名題昇進。
2016年10月『仮名手本忠臣蔵』二段目の本蔵娘小浪で、17年3月『伊賀越道中双六』の幸兵衛娘お袖で国立劇場奨励賞。15年3月南座『鳴神』の雲の絶間姫で十三夜会賞奨励賞。21年第四十二回松尾芸能賞新人賞。
君野倫子プロフィール
文筆家・日本文化ディレクター。2004年より着物や和をテーマに書籍、新聞、雑誌の執筆を始める。2010年から14年間、読売新聞夕刊で伝統工芸を紹介する連載を続ける。着物、手ぬぐい、歌舞伎、和雑貨などをテーマに日本文化に関する著書は20冊。日英版・日仏版に加え、海外の出版社からも出版された著書もある。2025年には新たに日本とロンドンの出版社からも出版予定。執筆以外にも、商品企画・イベント企画・ディレクションなども手がける。
- 以下、いずれも君野倫子著・市川染五郎(現・十代目松本幸四郎)監修
- 「かわいい歌舞伎の衣裳図鑑」(小学館) https://amzn.to/3DpQqDi
- 「歌舞伎のびっくり満喫図鑑」(小学館)https://amzn.to/3F9MIOV
- 「バイリンガルで楽しむ 歌舞伎図鑑」(小学館)https://amzn.to/3Fc8qlg
- 「歌舞伎はじめて案内手帖」(二見書房) https://amzn.to/3XzNk6t
